About us 

​kurotamakikakuは

ニューヨークと鹿児島を拠点とするPerforming Arts企画グループです。俳優/演出家のJun Kimを軸としてスタートし演劇やダンスなどを中心に「活きた舞台」をクリエイトしていくことを目指します。多種多様な人種・文化、またアマチュア、プロを問わず交流を図り、地域に根ざしたワークショップや公演活動などを企画・開催することを目的とします。

インターナショナルなアーティストとのコラボレーションも大いに取り入れ 「小ぶりながらも味のある」企画を創っていきます。

​Profiles

 

 

NYを拠点に俳優、演出家、タンゴダンサーとしてInternationalに活動。代表出演舞台に、ソニー創設を題材にしたドキュメンタリーメディア作品「HEAVENLY BENTO」で盛田昭夫氏を初演からベルリン、ボン、シンガポール、NY、東京で主演。ジム・シンプソンとシガニー・ウィーバー率いる劇団バットシアターカンパニーのオビー賞受賞作品歌舞伎プレイ「BENTEN KOZO」主演。クルト・ヴァイル作曲の音楽劇「Marie Galante」、平成中村座NY公演「夏祭り」「法界坊」(串田和美演出)、島田雅彦作「ルナ輪廻転生の物語」、ヘンデルの「メサイヤ」NY、オランダ公演など。映画/テレビでは木の実ナナ主演ドラマ「万引きGメン二階堂雪」、ジェシー・アイゼンバーグ主演映画「The Living Wake」、村上春樹の小説アフターダークをベースにした映画「416 MINUTES 」などに出演。演出家として2005年に安部公房作「制服」のステージリーディング、2008年「Kayoko Sakoh Dance」日本公演、2011年にはNY版「沓掛時次郎」を脚色、演出、出演、プロデュース。NHK大河ドラマ「篤姫」「江~姫たちの戦国~」等の作曲家、吉俣良氏とのコラボレーションでNYの劇評家達から絶賛される。2012年、NYの演劇人による東日本大震災復興支援プロジェクト「SHINSAI Theaters for Japan」に参加、演出、出演。2013年よりwork-in-progressiveプロジェクト安部公房作「The Uniform」世界初翻訳の企画・演出・主演・企画進行中。またピーター・ブルックの愛弟子で、パリ在住のヨシ笈田演出のオペラ「Curlew River」NY公演で笈田氏のアシスタントを務める。2016年、2017年、NYのJudson Churchでアルゼンチンタンゴのイベントを企画、演出、プロデュース。

 

https://junkimjun.wixsite.com/junkim

JUN KIM

 

鹿児島市出身。ニューヨークのロッド・ロジャーズダンスカンパニーのソリストを長年務める。鹿児島のモダンダンスのパイオニア、ヤマダモダンダンス研究所主宰山田みほ子氏に師事し、ニューヨークではアルビンエイリー・アメリカンダンスシアターや、ピナ・バウシュの恩師でもあるコルビーノ・バレエなどで学ぶ。第6回鹿児島市春の新人賞受賞。振付けた作品は、THE LAMAMA ETC., NYU, SCHOMBURG CENTER FOR RESEARCH IN BLACK CULTURE, HERE, THEATER FOR THE NEW CITYなどで公演される。

2008年6月、かごしま県民交流センターにおいて“HEART TO HEART- FROM NEW YORK TO KAGOSHIMA”ダンス公演を開催し、ニューヨークからのダンサーたちと、NHK大河ドラマ『篤姫』などの作曲家、吉俣良氏をはじめとする鹿児島の音楽家やダンサー、アーティストとのコラボレーションを実現し好評を得る。2011年秋、NYオフ・オフ・ブロードウェイ公演“KUTSUKAKE TOKIJIRO”の振付で辛口批評家から大好評を博す。2012年3月”震災Theater for Japan”、2013年3月”Remember 3.11”をニューヨークの俳優・アーティストたちと開催し、パフォーミングアーツを通して東日本大震災復興支援活動を行う。

鹿児島県高校ダンス発表会の審査員並びに生徒たちへの委託指導も積極的に行なっている。2014年8月、2015年9月の2年連続で「女のことば」ダンス公演を鹿児島市で開催。ダンスと詩を融合したステージをクリエイトした。また2016年、2017年にはかごしま明治維新博イベント、甲突川「水辺のフェスティバル」に振付/出演し、地元アーティストとの交流活動を活発に行い、鹿児島のダンスシーンの発展に貢献できることを目指している。

さこうかよこ

Kurotama(1990~2005)

1990年ニューヨーク生まれ。生後5週間ほどでJunとKayokoの里子となる。Black & Whiteの肩のあたりに黒いドット(丸印)があったため、単純に黒い玉で「くろたま」と名付けられる。幼少期はやんちゃで暴れん坊。高所に駆け上がることと、布団の端っこに爪をかけ這いずり回ることを特技とする。青年期はカーネギーホール裏のアパートの窓から多くの有名アーティスト達がバックステージを出入りするのを見て暮らし、中高年期はマンハッタン北部のワシントンハイツで日の出を見て暮らした。晩年は病気に悩まされたが、2005年4月15日に飼い主たちに見守られ15年の人生を全うした。良き日も悪しき日も、くろたまはくろたまらしくいてくれた。彼にリスペクトの意を込めてグループ名を「kurotamakikaku」と命名。

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